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高専生活を振り返る

Zakki

長かった5年間もようやく終わりを迎え、高専を無事に卒業することができました。

良くも悪くも変な5年間でしたが、今一度振り返ってみることにします。

直近2年程度の記憶しかないので、1・2年生のことはあまり覚えていませんが…

学校について

東京都立産業技術高等専門学校(産技高専)品川キャンパスに通っていました。

一般的な国立高専と違い、受験科目は国・数・英の3科目のみ。都立高専ですが都外在住でも受験可能です。

1年次は複合コース、2年次からそれぞれのコースに分かれる形式です。

品川キャンパスと荒川キャンパスで全8コースあります。品川は普通の高専と同じく機械・電気・情報・AI(?)。荒川は医療・ロボ・通信・航空と、癖のあるコースが揃っています。

なお、寮はありません。基本的には電車通学になります。自宅の最寄り駅から1〜2回乗り換えれば学校に着く、くらいの距離の人が多かったと思います。

縦横の繋がりはほとんどなく、上下関係もありませんでした。部活や委員会でしか他のクラスの人々と接する機会はないと思います。

1年生

学校の話

部活以外は良いことのなかった中学を抜け出し、心機一転。

遠距離通学というものが初めてで、通勤ラッシュの中でも毎日楽しく学校に行っていました。

学内ではこれといった活動もせず、大した交流もありませんでした。

一応部活と同好会に入りましたが、数回顔を出した程度で終わりました。そもそも1年生は授業が早く終わるので、部活や同好会が始まるまで1コマ分待たないといけないのです。

1年次で一番楽しかったのは旋盤の実習でした。

学外の話

VCborn とかいうグループに入りました。

参加の経緯が少し特殊で、元はTwitterのタイムラインにここの公式ウェブサイトが流れてきたのですが、お世辞にも出来が良いとは言えず、勝手に作り直したサイトを公開したところ「偽サイト騒動」に発展して一悶着ありました。その後、なんか向こうから参加の誘いが来て加入したという流れです。

Web開発担当として入りましたが、そのとき自分が持っていた技術スタックはHugoとPHPくらいのものでした。チーム開発というものも自分にとって新鮮な体験でしたが、時間が経つにつれてほとんど個人開発のような状態になっていました。

活動しているうちにReactやNext.js、Electronなどが触れるようになりました。カスタムLinuxの開発にも少し入っていたので、Debian Live Buildも使えるようになりました。

2年生

学校の話

第一希望だった情報システム工学コースに入ることができました。中学の頃からWebサイトを作ったりRaspberry Piで自宅サーバーを立てたりしていたので、もともとこの分野には興味がありました。ただ、それほど専門科目は多くなく、また面白いものでもなかったです。

新年度が始まる前に届くはずだったMacBook Proが2ヶ月遅れでようやく届き、Mac使いになりました。その頃はまだほとんどの作業をデスクトップPCでやっていて、MacBookはあまり使っていませんでした。

2年生になり部室の鍵を手にする権利を得たので、よく部活に行っていました。所属していたのは電気通信部(電子工作とアマチュア無線をやる部活)です。部活でアマチュア無線のコンテストに出るため、一応資格も取りました(有資格者がいればコンテスト自体には出られる)。ただ、部活の時間の大半はアニメを見ていました。

学外の話

昨年に引き続きVCbornで精力的に活動していました。

新技術を試すのが好きだったので、大量にサービスを立ち上げたり、アプリをリニューアルしたりして、たまに怒られが発生していました。

リアクティブな配信画面を作れるNodeCGを使って、グループで配信イベントをやったりしていました。簡素なLTやゲーム、プロジェクト紹介などを行う配信で、Twitter・YouTube・Discordのコメントを統合して流す複合コメント欄や、待機画面、タイムテーブル、配信のウェブサイトなどを一通り作成しました。

あとグループのマイクラ鯖を立ち上げるため、スリムデスクトップPCを買ってサーバー構築と管理もしていました。(この頃はPC構成の関係上、Windows Serverで運用していました)

初めてコミケやTGSに行きました。産技高専までの定期で幕張メッセも東京ビッグサイトも行けるので、そこは非常に良かったです。

夏休みの時期にブルーアーカイブにハマりました。Let’s Goミームをきっかけに始めたのを覚えていますが、その後は公式イベントに行ってグッズを買ったり、イラストを漁ったりとドハマりしていました。

3年生

学校の話

物理と数学が大変だった記憶があります。高専3年生は、おそらく5学年の中で一番忙しい時期だと思います。

実習ではアプリのアイデアを考えたり、ハッカソンに向けてアプリを開発したりしました。

3年生になってもまだクラス内の交流が薄かったのですが、この頃から段々と仲良くなっていきました。クラスの友達3人で、何回か連続してハッカソンに出た気がします。 作ったものとしては、DSのすれちがい通信のように外を歩くと近くのユーザーとBLEで自動対戦できるアプリや、AIを使ってプロンプトと秘匿データから文章にデータを紛れ込ませるステガノグラフィを使った年賀状作成アプリなどの開発に取り組みました。

昨年度末に部活でコミケに出ようという話が出て、サークル申込みをしました。最初はノベルゲーを作ろうとしていましたが、最終的に技術同人誌を作ることに落ち着きました。 テーマは特に定めず、電気通信部の有志メンバーでWeb関連の技術やVR、電子工作など色々な内容を自由に書いて持ち寄りました。

InDesignを触ったり、印刷所に入稿したりと、結構面白い体験でした。

学外の話

グループの代表の繋がりで別の人々と知り合い、そこでよく話をしていました。

毎日のようにどこかへ出かける(または学校帰りにどこか寄る)生活を送っていて、よくそれだけの金があったものだと今でも思います。

9月までは親からの支給で暮らしていたので、懐は常に寂しかったです。3年前期は昼飯カロリーメイト生活、後期はそもそも昼飯を食べていませんでした。

商業施設巡りや旅行などの趣味はこの時期にできました。

4年生

学校の話

来年に受験が控える中、のほほんと過ごしていました。進路についてはこの時期からいくつかオープンキャンパスに足を運び、Notionに情報をまとめながら少しずつ絞っていました。

4年生ではインターンシップをするか夏季集中講義を取るかという選択肢があります。インターンシップはお金がもらえないうえに、レポートを書いて提出し、成果発表会で発表まで必要と聞いて面倒だなと思ったので、夏季集中講義を選びました。

4年生にもなるとクラス内でクラスターが分かれてきて、仲の良いグループが自然とできあがりました。

元々ゼミのメンバー用に作ったDiscordサーバーも、他の研究室の人を招待していたらいつの間にか大世帯なサーバーになっていました。結構有益な情報が流れるので、私は気に入っています。

産技高専は4年次に2泊3日の校外研修があり、福岡に行きました。企業訪問があるのは1日目だけで、2日目と3日目(の昼まで)はほとんど自由時間でした。せっかくなので西九州新幹線に乗ってみたくて、クラスの友人を巻き込んで長崎に行ってました。なんだそりゃ。8時前にホテルを出て特急と新幹線を乗り継いでの強行日帰りでしたが、事前に予約してあった軍艦島フェリーで軍艦島を見ることもでき、市電に乗ったりちゃんぽんを食べたりと満喫しました。動画も作ったのでこちらからどうぞ。

学外の話

ネットの繋がりで知り合った方からの紹介で業務委託のお仕事を始めるようになり、口座の残高も安定してきました。主にFirebaseとVueを使って開発をしていました。Vueはそれまでほとんど触ったことがありませんでしたが、意外とすぐに慣れることができました。

夏休みに北海道旅行に行き、それを撮影して動画を作るぞ!と意気込んでOsmo Pocket 3(75,000円)を買いました。 そして9月に1週間かけて東京から稚内まで普通列車で移動する旅行をしました。これは3年生のときにネット経由で知り合った人から計画を聞いて、ついていく形で実現したものです。こんな長期間の旅行は初めてだったので、非常に楽しかったです。動画はこちら

年度末にpixivのインターンに行きました。Twitterの広告で情報が流れてきて、今年は参加してみようと思い立ったのがきっかけです。Railsで既存サービスの改修などを行いましたが、あまり経験がなかったRailsも触っているうちに理解できたので良かったです。あと、毎日昼ご飯にオフィスの近くにある美味しい飲食店(毎日違う場所)でご飯を食べられたのが最高でした。

5年生

学校の話

豊橋技科大なら推薦がもらえるということで、推薦をもらって書類を送ったら通ってしまいました。 選んだ理由としては、4年生のときからオープンキャンパスに行って雰囲気を知っていたことと、技科大なので高専からの編入生が多く、周囲も同じ環境なので過ごしやすいだろうと思ったからです。

5年生は進路が決まってしまえばあとは暇なもので、卒業研究をするか部活をするくらいしかやることはありませんでした。(逆に、10月まで進路が決まらなかった人は大変そうでした)

ちなみに、クラス内の進路は就職と進学でほぼ半々でした。

授業は一応ありますが、ほとんどが選択で空きコマも多いので、オフピーク通学できるくらいの緩さでした。

卒業研究はテーマが決まるまでが一番つらいとは言ったもので、テーマが確定した6月以降はかなり楽でした。 私は、産技高専の情報システム工学コース向けに時間割編成ソフトウェアの開発を行いました。教員数が少なく無理が生じやすい構造や、コース・学年特有の制約を市販のソフトで対応するのは難しいため、それらを考慮できるシステムを目指しました。

ちょうどAIコードエディタが台頭してきた時期でもあり、VSCode上のCopilot ChatやAntigravityと対話しながら開発を進めたところ、実装はほとんど終わってしまいました。指導教員が時間割のデータ構造をきちんと説明・整理してくれたおかげでDBの設計がしっかりできたこと、あとそもそもアルゴリズムが一切絡まない半手動の編成アプリだったことが、楽に作れた理由だと思います。卒業論文40ページ・抄録4ページと書く量は多かったですが、大変だったのはそれくらいですね。

学外の話

毎日・毎週のように小旅行に行っていました。去年に引き続き1週間の北海道旅行にも行き、今年度は弘前に少し寄り道しました。 11月には2泊3日で伊豆半島に旅行しました。

AI関連のコンペティションでをもらいました。 「APAC HPC-AI Competition」というもので、スパコンを使って既存プログラムを高速化するという内容でした。実は友人が応募してチームが確定した後に後出しジャンケンのような形で参加させてもらったのですが、自分の担当部門では特に成果が出ず、他のチームメンバーの成果が評価されてチームとして賞をもらったという話です。

総括

使える技術の幅がかなり広がったのと、人脈がたくさんできたのは良い体験でした。

Web系の技術は中学生の頃から大きく広がり(React/Next.js, Vue, Astroなど)、C#やRustといったシステムに近い言語も少し触れるようになりました。また、3年次に1Uのラックサーバーを購入したことで、サーバーでの仮想環境の構築やLinux環境の管理能力も身につきました。

ただ、それに高専が関係あるかと言われると正直微妙で、専門科目で得た知識はそれほど多くない気がします。元から知っていた知識が多いですね。

産技高専で良かったのはその立地と人脈だけですね。学校から東京・新宿・横浜まですぐ行けるというのは非常に良くて、帰りに秋葉原に寄ろうとか、美術館に寄ろうみたいなことができる高専はここくらいでしょう。

逆に言えば、高専という組織自体から得られるものは学位(称号)と学割以外に大してありません。高専なんて見捨てて自分からどんどん外のコミュニティに出ていくことが大事です。

おわりに

こんなんで大学に入って大丈夫なのか?

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